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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)1734号 判決 1985年7月18日

控訴人(附帯被控訴人)

丹羽徹

右訴訟代理人弁護士

和田良一

美勢晃一

被控訴人(附帯控訴人)

中村一

右訴訟代理人弁護士

羽柴駿

右当事者間の損害賠償請求控訴、同附帯控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

一  原判決中、控訴人(附帯被控訴人)敗訴の部分を取り消す。

二  被控訴人(附帯控訴人)の請求を棄却する。

三  被控訴人(附帯控訴人)の附帯控訴を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

事実

第一当事者の求める判決

一  控訴人(附帯被控訴人。以下「控訴人」という)

1  本件控訴について

主文第一項、第二項及び第四項同旨。

2  本件附帯控訴について

主文第三項同旨。

二  被控訴人(附帯控訴人。以下「被控訴人」という)

1  本件控訴について

本件控訴を棄却する。

2  本件附帯控訴について

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人に対し、金一三三万五九四〇円及びこれに対する昭和五一年一〇月二八日から支払いずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。

仮執行の宣言。

第二当事者の主張

次に記載するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  被控訴人の主張の訂正

原判決五枚目裏五行目から同六枚目表一〇行目までの「四」の項を次のとおり訂正する。

「右のようにして会社職制らが社屋内に入りつつある同日午前一一時五分すぎころ、中公労組有志及びその支援者らの抗議行動参加者は、会社玄関入口付近で「解雇を撤回せよ」などと職制らに向けてシュプレヒコールを行っていたが、控訴人を含む会社側従業員十数名は、集団出社してくる会社職制らを迎え入れるため玄関入口付近に出て来て、抗議行動参加者と対向する形となり、特に控訴人は、抗議行動参加者らに突きかかり、これを蹴り上げるなどの暴行を加えていた。

この際、被控訴人は、シュプレヒコールに唱和しながら、たまたま集団出社してくる会社職制の最後尾にいた青柳経営問題編集部長と並ぶような形で玄関方向へ進んで行き、控訴人と約一メートル前後の地点まで来たが、その時、正面にいた控訴人が突然被控訴人の腹部を革靴の先端で力一杯蹴り上げた。このため、被控訴人は、その場に昏倒し、全治約五週間を要する上腹部打撲傷の傷害を負った」

二  右訂正後の主張に対する控訴人の認否

右主張事実のうち、抗議行動参加者らがシュプレヒコールを行っていたことは認め、その余は否認する。

三  控訴人の当審における新たな主張

仮りに控訴人が被控訴人の主張するような行為をしたとしても、それは、次に述べるとおり正当防衛行為であるから、控訴人には損害賠償責任はない。

すなわち、被控訴人は、当日、中公労組有志及びその支援者らと共同して抗議集団を構成し、会社職制らの出社を実力をもって妨害し、その自由を拘束する行為をしたほか、会社玄関先から社屋内に侵入する勢いを示して、控訴人の執務及び中央公論社の社業を著しく妨害した。抗議集団の右のような行動を放置した場合には、単に社前における行動にとどまらず、社屋内に押し入り、暴力行為に及んだ例もあり、また、抗議集団が会社玄関先に押し寄せると、一階販売部で執務している控訴人の仕事が全く不可能になる状態であった。そこで、控訴人は、被控訴人らの右のような不法行為から会社職制ら及び控訴人の権利と中央公論社の社業を守るため、やむを得ず、被控訴人の主張するような行為に及んだものである。

四  控訴人の右主張に対する被控訴人の認否

控訴人の右主張事実は、すべて否認する。当日の被控訴人らの行為は、いずれも正当な争議行為として行われた抗議行動であり、暴力に及ぶこともなく、ピケライン等で会社職制らの出社を物理的に阻止しようとしたものでもない。しかも、控訴人の被控訴人に対する本件暴力行為は、会社職制らのほとんどが社屋内に入り終るか、あるいは入りつつある時点で行われたものであって、到底正当防衛行為には当たらない。

第三証拠関係(略)

理由

一  当事者双方の身分関係、中央公論社における労使紛争の発生とその後の推移、中央公論社表玄関付近の状況及び昭和五一年一〇月二八日被控訴人が負傷した事実にういての当裁判所の認定は、原判決理由一、二及び三1、2の説示(原判決一一枚目表二行目から同一八枚目裏三行目まで)と同一であるから、これを引用する。

但し、原判決一一枚目裏一行目の「第三八号証、」の次に「乙第二七号証、同第二九号証、」を、同一二枚目表五行目の「一ないし七、」の次に「同第二〇号証の三四ないし三六、同第三〇号証の一ないし四、同第三三号証の一ないし九、当審における証人星野勇の証言により真正に成立したものと認める同第二八号証、右証人星野勇の証言、」を、同行の「本人尋問の結果」の次に「(控訴人については原審及び当審)」を、同一三枚目裏末行の「右中公労組」の次に「有志」を、同一六枚目表二行目の「一ないし四」の次に「(成立に争いのない乙第三一号証は右甲第四三号証の一を、成立に争いのない乙第三二号証は右甲第四四号証の一をそれぞれ接写、複製、拡大してフィルム番号順に配列したもの)」を、同末行の「高橋善郎」の次に「、前掲証人星野勇、当審における証人飯野昭夫、同中井幹雄、同斉藤武正」を、同行の「各証言」の次に「原審及び当審における」をそれぞれ加える。

二  被控訴人は、被控訴人の本件負傷が控訴人から革靴で腹部を足蹴にされたことによるものであると主張するので、検討する。

1  原審における(書証・人証略)には、同人が当日被控訴人らと共に会社玄関前で抗議行動に参加していたが、集団出社してきた会社職制らの一団が社屋内に入り終った後、抗議行動参加者が右玄関ドア内側にいる会社側従業員と向き合う形でシュプレヒコールをしていたところ、いったん閉じられていた同ドアが内側から開けられて会社側従業員が押されるようにドアの外に出て来て、その最前列のすぐ後にいた控訴人が前列の人の間から右足の革靴で被控訴人の腹部を蹴ったのを目撃した旨の記載があり、右石橋の原審における証言もほぼ同旨であり、(書証略)の写真が右足蹴り直前の状況を写したものであると述べている。

しかし、(書証・人証略)被控訴人本人尋問の結果(原審及び当審)によれば、被控訴人が負傷した時期は、前記引用に係る原判決認定のとおり、集団出社してきた会社職制らの一団が社屋内に入り終る前であり、また、(書証略)の写真は右負傷事故が発生してから後の状況を写したものであることが明らかであって、これらの点において(書証・人証略)には顕著な誤りがあり、これを直ちに採用することはできない。

2  被控訴人本人は、前掲本人尋問(原審及び当審)において、蹴られる瞬間のことはわからなかったが、鳩尾付近に突然衝撃を受けた直後に、対向していた控訴人のものとわかる黒靴が引いていくのが見えた旨供述している。

しかし、引用に係る原判決認定のとおり、抗議行動参加者と会社側従業員とが狭い会社玄関前で塊ってもみ合っていた状況等から考えると、不意の衝撃を受けた被控訴人が瞬間的に右供述のような特定人の靴の動きを明瞭に識別しえたか否かは疑わしいうえ、例えば被控訴人の着衣に革靴が当たったことを示す痕跡のごときものが残っていたなどの事実もなく、かえって、右被控訴人本人の供述(原審)によれば、同人自身も、本訴提起後に至るまで、負傷した際の状況等につき(書証・人証略)とほぼ同様に記憶していたものであり、その後に当日の状況を撮影した八ミリフィルムなどを見た結果、記憶が訂正されたというのであって、その記憶及び供述の曖味さを否定することができないのである。

3  また、原審における(人証略)は、いずれも、控訴人が日ごろから中公労組有志及びその支援者らに対し特に暴力的で、本件当日も会社玄関前で抗議行動参加者に対して手を出したり足をあげたりしていた旨供述するが、右各証人とも、控訴人が被控訴人を足蹴にした場面自体を現認していないことはその供述から明らかであり、前記1、2と合せると、本件においては、措信するに足りる直接の目撃者は存在しないことになる。

4  次に、(書証略)は、いずれも当日の会社玄関前におけるもみ合いの際の状況を撮影した写真又は八ミリフィルム写真の一部であるが、これらにつき、(書証・人証略)及び被控訴人本人(原審)の供述するところによれば、(書証略)は控訴人が被控訴人を蹴った時の状況、(書証略)はその直後の状況、(書証略)は控訴人の右暴行に対し抗議行動参加者らが抗議している状況であるというのである。

そこで、右各写真について検討するに、まず、(書証略)の写真には、控訴人が被控訴人の方に身体を向け、上体をやや後傾させ、口を固く結んだ表情で、力をこめているような状況が、これに続く(書証略)には、会社職制の一人が控訴人の隣りで被控訴人のいた方向を見ているが、控訴人は(書証略)とはやや違った表情で別の方を向いている状況がそれぞれ写っており、(書証・人証略)から、右とほぼ同時ころの場面が写っていると認められる。しかるところ、当審における(人証略)によれば、(書証略)に見られる控訴人の後傾姿勢は、レンズのひずみにより実際以上に傾きが強調されているものであるうえ、一般に写真に表われた瞬間的な姿勢や表情から一連の動作を読みとるには制約のあることが認められるのであり、本件のようなもみ合いの中での動作については一層その点に対する慎重さが必要である。更に、(書証略)には、被控訴人が倒れていると認められる場面が写っているが、(書証・人証略)によれば、右各写真は、(書証略)の各写真の次にすぐ連続して撮影されたものではないことが明らかである。これらの各点に(人証略)及び控訴人本人尋問の結果(原審及び当審)を合せ考察すれば、(書証略)の写真に見られる控訴人又は会社職制の前記姿勢や表情等を根拠にして、その場面で控訴人が被控訴人を足蹴にしたものであるとみることは、単なるひとつの可能性についての推測にすぎず、必ずしも合理的かつ具体的な根拠のある見方であるとはいいがたい。のみならず、(書証略)及び前掲各証人、控訴人、被控訴人各本人(いずれも原審及び当審)の各供述によっても、右の時点で控訴人と被控訴人との間に控訴人が被控訴人の腹部を蹴り上げることができるだけの間隙及び距離が果して存在したか否かは明らかでないのである。

また、(書証略)の写真は、確かに何らかの抗議の場面とみることも可能であるが、前示のとおり、控訴人の加害行為について措信するに足りる証拠が存しない一方、引用に係る原判決理由二3の認定事実及び前記3掲記の各証人の供述等に徴すれば、中公労組有志及びその支援者らは、会社側従業員の中でも控訴人が特に暴力的であるとして、かねてから控訴人を非難、攻撃の主目標としていたことが認められることを考え合せると、仮に当日の出来事につき控訴人に抗議が向けられたことがあるとしても、それがどの事実に向けられたものか、あるいはどの程度の事実上の根拠に基づいたものであるかは、にわかに断じがたいところといわざるをえない(<人証略>は、もみ合いの中で「控訴人が蹴った」、「控訴人にやられた」などの声をきいた旨供述するが、本件全証拠によっても、何びとがいかなる事実を根拠として右声を発したのかは遂に不明である)。

これを要するに、右の各写真は、控訴人の加害行為を立証する証拠として未だ十分なものではなく、その認定の決め手とはなりえないというべきであり、右写真についての(人証略)及び前掲各証人、被控訴人本人の供述も、ひっきょう、写真に基づく判断ないし推測を含むものと認められるから、そのまま採用することはできない。そして、右以外の現場写真で控訴人の加害行為を的確に証するに足りるものはない。

5  被控訴人は、革靴で足蹴にされたため負傷したものであると主張するが、例えば同人の着衣にその痕跡のごときものが残っていたなどの事実を認めえないことは前示のとおりである。そして、前掲被控訴人本人尋問の結果(原審及び当審)によれば、被控訴人は身長一五六センチくらいの小柄な体格であることが認められ、当日のもみ合いの状況からすれば、同人がこれに巻き込まれて何らかの原因により腹部に打撃を受ける蓋然性は決してありえないものではなかったと推認される。なお、成立に争いのない(書証・人証略)及び控訴人本人尋問の結果(原審)によれば、本件については、被控訴人らから控訴人を加害者として東京地方検察庁に傷害事件としての告訴が再度行われたが、いずれも嫌疑不十分として不起訴処分となっていることが認められる。

6  以上1ないし5の検討の結果を総合すれば、被控訴人の本件負傷については、控訴人の足蹴によるものであると断定するにはなお十分でなく、結局、本件全証拠をもってしても、控訴人の加害事実を認めるに足りる立証はないものというほかない。

三  そうすると、被控訴人の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、失当としてこれを棄却すべきものである。

よって、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消し、被控訴人の本訴請求を棄却することとし、また、被控訴人の本件附帯控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中島恒 裁判官 佐藤繁 裁判官 塩谷雄)

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